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旅行と文化

梅泉祠

梅泉祠 / 文化財資料第37号 (道指定)

  • 位置:全南求礼郡光義面月谷路22-3
  • 電話問い合わせ:求礼郡文化観光室 +82-61-782-5464
  • 公共交通:求礼邑で光義面泉隠寺方面郡内バス搭乗、月谷村下車(20分所要)
  • 自家用車:求礼邑 19号国道 南原方面 861号地方道 泉隠寺方面 垈山里 梅泉祠

Maecheonsa Shrine

梅泉祠 / 文化財資料第37号 (道指定)梅泉黃玹(1855~1910)先生の位牌を奉った祠堂で、黃玹先生は朝鮮末期、節義を守った憂国志士であり詩人であり文章家です。全羅南道光陽で生まれ、幼いころから詩をよく作って質が優れ、34歳で生員会試に主席合格しました。しかし、位を拒んで求礼に来て後輩の学者を教え、開化運動に早く目を向けて近代風の学校を建てるなど西洋に勝つためには西洋を知らなければならないと主張しました。1894年東学農民運動・甲午更張・日清戦争がひきつづき起きると、危機感を感じて経験と見聞したことを記録した『梅泉野録』・『梧下記聞』を書いて子孫に残しました。彼の年齢56歳、1910年8月、日帝に強制的に国を奪われ、絶命詩4編と遺書を残してアヘンを食べて自決しました。その後1962年、建国勲章国民葬が追叙され、李建昌、金沢栄とともに韓末三才と呼ばれています。生前に住んでいた所に彼の子孫と地方の儒林が1955年に建てたこの祠堂は、前面3間・側面1間規模で、屋根は側面から見ると人の字の形をした切妻屋根です。現在、先生の遺品と古書などが所蔵されていて、このうち《梅泉集》《梅泉野録》は1955年国史編纂委員会で《韓国史料叢書》第1冊で発刊されたりもしました。